「インディー・ジョーンズ」の世界観をこの目で!ヨルダン・ペトラ遺跡【in Jordan②】

こんにちは、a-box-of-chocolateです。いよいよ戦争が終わりそう…という雰囲気になってくると、なんとしてでも戦争を終わらせまい!という勢力が出てくるイスラエル。アメリカ(トランプ政権)とも対立気味になり、なんだかまた怪しい雲行きになってきました。
最近の私は、極力戦争関連のニュースは避けています。ユダヤ教の思想や人々の思いを知れば知るほど、「絶対に負けられない戦いが、そこにはある!」という精神でイスラム系戦闘員と向き合っているように感じるので、もうどうしようもないのでは?と思います。いっそのこと、その精神でイスラエルサッカー代表がワールドカップで優勝してほしいものです(笑)。
さて、本日のテーマは、ヨルダン紀行(二泊三日旅)の続きです!前回「ワディ・ラム観光」について書きましたが、今回は旅行の後半「ペトラ遺跡」のことについて記します。

気分はハリソン・フォード!「最後の聖戦」の舞台、ペトラ遺跡観光!【Day2】
ヨルダンといえば、ペトラ遺跡。ペトラ遺跡といえば、ヨルダン。簡単にいうと、この遺跡も「墓」の一種ですが、そのサイズと規模が本当に圧巻!敷地がとにかく広すぎるのと、遺跡に関する予備知識もたいしてないまま訪れたので(毎度毎度ですが)、今回はプライベートのツアーガイドさんによる解説付きで遺跡を巡りました。
ワディ・ラムからペトラ遺跡までは100㎞少々、車で1時間半~2時間程度の移動が必要です。
そもそも、「ペトラ遺跡」とは?古代都市の歴史
ペトラ遺跡は、「ナバテア帝国」という王国の首都だった場所です。この国を建国したナバテア人(Nabataeans)は、紀元前4世紀頃からアラビア半島北西部やヨルダン、シリア南部にかけて活動したアラブ系の遊牧民族です。交易に長け、特に香料や絹、香辛料を扱うキャラバン貿易を通じて富を築きました。
ペトラの建設の正確な時期は不明ですが、この街は紀元前 1 世紀から首都として繁栄し始めたと言われています。ペトラは後にローマ帝国に併合され、4世紀の大地震で街の大部分が破壊されるまで繁栄を続けました。地震と貿易ルートの変化が相まって、最終的に街は衰退し、最終的に放棄されました。
そのまま、ペトラは発見されることもなくこの地に眠り続けて「失われた都市」と呼ばれていたわけですが、1812年にスイス人冒険家・ブルクハルトによって再発見されます。
【参照】
https://www.visitpetra.jo/en/page/12/History-of-Petra
https://news.yahoo.co.jp/articles/e942342d57ed1f715710578cf33d2a2952367592?page=1

ペトラ遺跡…入場料も世界一クラスに高い…。
さて、いざガイドさんと合流して、ペトラ遺跡に入場です。
https://www.visitpetra.jo/en/Petrafees

ペトラ遺跡の入場料は一人50JD、一万円です!!12歳以下は無料ですが、我が家は大人三人分払うことになり3万円…。ところが二日、三日チケットは大した差がないので、近隣に宿泊して二日間以上かけて巡ることをおすすめします!結果として、体力的にも一日で巡るのはかなり厳しいです!
地元住民との金額差がかなりあります。観光客価格を設定しているのはいいことだと思います。

オプション有料メニューも豊富です。今回私たちが頼んだガイドツアーも、(おそらく)50JD。Treasuryまでの二時間半コースです。Treasuryまで2キロ近く歩きます。「クラブカー」というのはゴルフ場とかでよく見るカートで、歩きたくない人、時間を短縮したい方向けのオプションです。片道15JD(3000円)、往復25JD(5000円)ですが!!
コストだけ考えると、入場料&ガイドで4万円…!なかなかな出費ではありますが、それだけ払ってでも、一生に一度は見たい景色だったのは言うまでもありません!
【観光ポイント①】古代の王族のお墓

入場ゲートをくぐると、すぐ目の前に広がる異世界!Treasuryまではひたすら歩いて行ったのですが、その左右には王族のお墓が数多く作られていました。ナハデア王族、商家の重要人、貴族、高位につく人たちのお墓だそうです。


この尖塔(オベリスク)が特徴的なお墓。オベリスクはエジプト建築様式からの影響を受けていて、紀元前一世紀ごろ?に作られたと言われています。宴会場みたいな死者を祀る広場も兼ね備えている(ナハデア文化の特徴)そうです。かたやお墓の正面は、パルテノン神殿を彷彿とさせるギリシャ様式の柱も見られます。建築様式から、ナハデア帝国がどんな文化から影響を受けてきたのかもわかるそうです。


シーク(断層)にたどり着くまでもかなり歩きました。ちなみにここのサイドウェイは「馬用道路」があり、客引きがたくさんいて、乗馬体験(という名の移動)ができます。馬に乗った方が楽だと思いますが、チップとして五ドルくれ!と要求されました…。(私は乗っていません。)実質無料ではないのでご注意を。
【観光ポイント②】シーク ー 自然が織りなす奇跡!

お墓ゾーンを抜けると、ペトラ遺跡の見どころの一つ【シーク】に到達します。もともとは一枚岩だったものが、地震と地殻変動によって真ん中ですっぱり割れた!という奇跡のような峡谷です。
シークはゆるい下り坂で、約1キロほど続きます。洪水が起きやすい構造だそうで、排水溝ようなものが岩に掘られていました。



岩と岩の隙間は数メートル?というほど狭い部分もあり、次に大きな地震が起きたら…と想像すると恐ろしいほどでした。人の力では作り出すことができない自然の曲線美と圧倒的な存在感です!
そして、峡谷が終わりに近づいてくると、明るく開けた場所がみえてきます・・・!

【観光ポイント③】宝物殿「エル・ハズネ」(El khazneh / The Treasury)
アラビア語で「エル・ハズネ」と呼ばれる、宝物殿!

インディージョーンズの映画で見た、あのお馴染みの景色です!!
伝説ではファラオの財宝が隠されていると信じられていた場所です。財宝が眠っていそうな、非常に荘厳な作りです。この宝物殿もまた、入口付近で見かけたナハデア人のお墓と同じく、様々な文明と文化の影響を受けた建築様式が反映された、オリエンタルな建物となっています。
宝物殿もお墓の一部?なのかもしれないし、儀式用の神殿なのかもしれないし、、まだまだ解明されていない謎も多く、非常にミステリアスな雰囲気が漂う場所です。しかしつい最近、この宝物殿に未発見の地下室(墓)から、人骨や装飾品、土器などが発掘されたそうです!

紀元一世紀、少なくとも2000年以上に作られた「岩の彫刻品」。素手?または石器?などで、こうした精巧な彫刻作品を生み出したとされる、ナハデア人。そしてそれらが壊れることもなく、現世まで残存していることに、大きなロマンを感じました!
宝物殿の前には小さな売店とお土産物屋があります。そこで宝物殿の解説を聞いて、ガイドさんとはお別れです。巨大な観光地なので、予備知識がなく、どこを見たらそのすごさがわかるのか、すらわからない無知な私たちにとっては、やはりプロのガイドはありがたかったです!(ちなみに英語ガイドです)
【観光ポイント④】Tomb of ‘Unayshu(ウナイシュの墓)
ガイドさんと別れ、さらに奥へと歩みを進めたのですが、どこまでもどこまでも続く、岩山のダンジョン…!!


とにかく…一つ一つのお墓が巨大すぎて、日本の古墳よりもさらに高く空へ空へと続いていて、ここにたどり着くころには体力的にだいぶ心が折れ始めていました…。特にわが子はものすごく飽きていて、帰りたい連発…。たしかに、外観はどれもいっしょ(爆)に見えなくもないのです・・。

ペトラのメインエントランスを過ぎてから、ちゃんとしたレストランはなくて、スナックやドリンクを販売している売店しかありませんでした。4時間近く歩き続けてすっかり疲れ果てた私たちは、ここで引き返す決断をしました。

トレイルの半分も行ってない?というあたりで力尽きました…。ビジターセンターからウナイシュの墓までは距離にしたら約3キロですが、アップダウンもかなりあります。そしてあれこれ説明を聞いたり、寄り道したりと遺跡巡りならではの楽しさがある一方、疲労困憊。馬に乗ったり、カートに乗ったりして体力温存に励めば、一日で回れるかもしれません!Ad Dayrの方まではロバにも乗れるそうです(有料)。
https://www.visitpetra.jo/en/Trails
ビジターセンターまでもどうにか歩いて戻りましたが、帰りはほぼ上り坂!そして気温も高くて(20度近い)汗かきながら歩きました。2月ですが!お水もたくさん持ち歩くことをおすすめします。
冒頭でも述べましたが、できれば二日間に分けて、じっくり巡りたいペトラ遺跡!わが子はまったく古代都市に興味がなく早々に離脱した、というのもありますが、往復6キロ以上の道のりを歩くだけでもかなり疲れました。
ペトラ・キャニオンホテルへ
ドライバーさんに連絡して、遺跡まで迎えに来てもらいました。実は遺跡に来る前にすでにチェックインしたのですが、二日目に滞在したのは、【ペトラキャニオンホテル】。コロナ後、2022年にオープンしたばかりの新しいホテルです。

午後4時過ぎにはホテルにもどり、ひたすらのんびり過ごしました。夕食ビュッフェも美味しかったです!
ヨルダン旅二日目は、ペトラ遺跡訪問のみで終わりましたが、非常に満足な一日でした。
【Day3】ひたすらにテルアビブを目指して!
三日目。ホテルをチェックアウト後、またドライバーさんと合流し、またヨルダンとイスラエルの国境ゲートを目指す旅の始まりです。



ワディ・ムサからアカバまでは、また2時間少々のドライブです。お昼前にはイスラエル側に無事に帰り着くことができました。
最後の最後、ヨルダンからの出国税で一人10JD、現金払いになるので(どこで払うのかわかりづらくて大変でした)現地の通貨は手元に残しておく必要があります。
そのあと、エイラットのショッピングモールで昼ご飯を食べて、テルアビブまで運転して帰りました。三日目はただの移動日、合計6~7時間は車に乗っていました。
気になる旅費の内訳!
今回のプライベートツアーは、すべて込みで一人790ドルでした。日本円にして約12万円。二泊三日にしてはかなりの豪遊ですが…ヨルダンの物価を考えると、そんなものかも?三日目の朝にホテルに来てくれたエージェントスタッフさんに手渡し現金払いしました。
790ドルの内訳
〇宿泊費用(一泊二食付き、二泊分)
〇初日ランチ代(20ドル)
〇ペトラ遺跡入場料、ガイド料
〇ワディ・ラムでのジープツアー、キャメルライド体験
〇三日間のプライベートドライバー(交通費)
〇ヨルダン側出入国ゲートでのサポート
〇WhatsAppによる24時間チャットサポートサービス
〇おみやげ(ペトラの砂絵瓶×3人分)
おみやげ、ペトラ遺跡での軽食、チップなどは自腹で、現金はほぼ必要ありませんでした。
とにかくヨルダン旅行は交通手段を考えるのが一番手間だなと感じたので、今回はドライバーさん付きのプライベートツアーにしてしまいましたが、それぞれの宿を自分で宿泊し、バスなどを使えばもっと安く済ませられると思います。

今回使った“Amazing Jordan Tours”は英語でカスタマーサポートしてくれました。
イスラエルからのヨルダンツアーで有名な会社は、“Abraham Tours”というところもあります。
現地の日本語ガイドツアーも組めるようですので、観光アクティビティは何かしら予約をして計画を立てておくことをおすすめします。
このブログの写真のとおり、ワディ・ラムもペトラ遺跡も、全然観光客がいなくてガラガラでした。シークは独占状態、宝物殿の前でも家族写真をゆっくり撮れてしまうくらい、閑散とていました…。まだ観光トップシーズンではない、というのもありますが、やはり戦争の影響は色濃く影を落としています。
ヨルダン、チップ問題。
最後に。ヨルダンにはチップ文化があります。あるとは知っていましたが、どこで誰にいくらあげるべきなのか、まったく分からず。戸惑っているうちに、渡さずに終わってしまったり。そもそも、アクティビティ料金がかなり高額(1万円とか)なのに、さらにチップも渡すべきなのか?それともサービス料込なのか?
いろいろ思い悩んでいるうちに、渡さないという選択をしてしまいました。
あとから、ヨルダン駐在経験がある人に聞いてみたところ、ガイドツアーでもガイドさんには個別にチップを渡す(ツアー代の10パーセントくらい)べき、ということでした。つまり、5~10JDはチップとして上乗せするべきだったようです。3人でツアーに参加=15~30JDがチップ。(チップだけで3000~6000円…?)
ツアー最終日にドライバーさんにはUSドルで心づけをお渡ししました。今回はカスタムツアー=あらゆるサービス料込、と解釈したのですが、現地旅行を個人で計画される場合は、チップのことも頭の片隅に置いておいた方がよさそうです。
しかし!チップを渡してないからといって不機嫌な態度を取られたり、冷遇されたり、ということはありませんでした!日本人はチップになじみがないことを、ヨルダン人もわかってそうではあります。
行く先々でおもてなし精神をたくさん感じたヨルダン旅行。イスラエルのすぐ隣の国ですが、文化の違いをハッキリと感じる旅行でした。中東は情勢的に多くの国々を巡ることができない現状ではありますが、念願だったヨルダンに行けて、とてもよい思い出となりました。